あっと言う間に
忘年会シーズン突入
福引でいただいたシクラメン
吞んで帰ったその晩は
放ったらかし
翌日もそのままに
と
杜撰な置きっぱなしの続く
二日目の朝


いかん!!!
と慌てて
お水をあげる

1時間後




すっかり元気に
せっかくなので
玄関の飾りつけも

クリスマスモードに
なんとなく気忙しい年の瀬
気持ちは急きますが
皆さま
落ち着いて過ごしましょう
でも
お仕事できる日が
あとひいふう
やばい(*´з`)
やっぱり
気忙しい年の瀬です
25.12.16.(火) : シクラメン
分譲地に一番乗りで移り住んでから20年
しばらくは
お隣さんもおらず
ぽつんと一軒家だった我が家
ぽつりぽつりと
家が建ち
今では
数軒の家が立ち並ぶ
ご近所
お隣の老夫婦が
老後は不便だと
便利な土地に移り住み
空き家となっていた家に
1年ほど前に
若いご夫婦が
素敵なリフォームをされて
移り住んでこられた
お隣にいても
昼間はお仕事
めったに顔を合わせることもないお隣同士
その日は珍しくご一家がお庭に
これから出かけるお隣のご主人
夕方近い時間なのに
今から大阪を目指すとおっしゃる
ので
「ええええー!!!」
「一人で?」
といつもながらの
オーバーアクション気味のわたし
一緒に行くはずだったお友達の母上が
急逝したという
再び
「ええええー!!!」
と驚き
「わたしも気をつけねば」
と言うたら
奥様
「おばちゃんは 大丈夫!」
??????????????
(・・?
しばらく
だれのことだかわからなかった

他にいませんな
おばちゃん???
わたしのことか・・・
と
数秒後に気付き
何もなかったように
会話を続けた
おばあちゃん
じゃなかっただけ
よかったと思うべきか
しかし
どうにも ひっかかる
新しく引っ越してこられた方が
お子さん連れの場合
呼び方に 困るだろうと
「てーちゃん!
ってよんでね」
と先回りするのだが
だいたいは
MASAOKAさん
か
TERUNOさん
と呼ばれる
それはそれで
他人行儀でもあるが
別にひっかかったことはなかった
友人からは
te-chan
teruno
大人になってからのお知り合いからは
だいたい苗字で呼ばれる
これまで
あまり
いや
全く
一度も?
そう
姪や甥もいないせいもあり
おばちゃんと呼ばれたことはない
数年前
蹴っていたボールが私のほうに転がってきて
「おばあちゃんにあたりよったやんか!」
と
ごめんなさいな ニュアンスで
子供たち同士で
つぶやかれたことはあるけれど
その時の衝撃とはまた別の違和感
でも
よく考えてみると
わたしも
昔 隣のおばちゃんのことは
おばちゃんと呼んでいた
別に悪いとも思わず
でも
親戚の「おばちゃん」とは
一線を画す
隣の
「おばちゃん」
だ
久しく
隣のおばちゃんという存在に
お目にかかっていなかったので
自分が当事者となって
初めて
「おばちゃん」
と呼ばれることへの
躊躇い 疑問 違和感 を実感した
日頃ほとんど会わないお隣さんが
なんだか
急に近づいてきた感じ?
それほど親しく思ってくれていたのね?
ありがとう
しかし
その呼ばれ方が嬉しくない・・・
勝手↑
苗字で呼ぶよりは
親しみがある?
けれど・・・
もちろん
発言した人に
そんなつもりはなく
単純に
親しみを込めての言葉だったと思う
おばちゃんは
そんなにお元気なのだから
心配しなくても
大丈夫ですよぉ~
くらいの
優しい心遣い
が
どうもにも ひっかかった
呼称
隣の 「おばちゃん」
でありました

25.12.10.(水) : 最近いなくなった 隣のおばちゃん
11月某日
須崎商工会議所女性会は
防災研修という名のもと
土佐ジローを堪能する!
の巻き の 遠足に出かけた
須崎から安芸まではハイウエイ?が開通したため
1時間半ほどで到着
そして
そこから畑山という地区を目指す
安芸市から数キロと聞いていた
山道とも聞いていた
が
絶対 行き違えそうにない 狭い道
マイクロバスの窓から路肩に迫る山肌が
目のまえ
手を伸ばさなくても触れられそうな距離
山が張り出していたら
地面は通過できても
上空で当たりそう!
都会でバスとバスとがすれ違う時の
近距離感
いや それ以上かも
こんなところを
自分で運転しては
絶対 来られなぁぃ
とか思いながら
揺られること30分あまり
突然 開けた集落に
現れ出でたる
ジローのおうち



研修に来たことも忘れ
どんな 料理が食べられるか
期待でいっぱい
まずは


ビールもいろいろあって
選ぶのが楽しい


炭火焼
しかも
部位ごとに
一種類ずつ
人数分だけ
丁寧に
女将とご主人みずからが 焼いてくださる

ここからは
一気に
まずは塩だけでいただく






後半は柚子をたらして
ともかく
シンプル
なのに
美味い!
ガツガツどんどん
と焼くのではなく
一切れずつ
愛をこめて焼いてくださる
このジローの美味さは
他では味わえない
そして
〆の親子丼


あのくねくね道を運転してでも
また来たい
「ジローのおうち」
もちろん
ちゃんとお勉強もしました
元ジャーナリストの女将
けいこさん
すごぉ~い
鶏に釣られて
こじつけたような
我々の訪問だったにもかかわらず
西日本豪雨の時の体験を
小さな小冊子にまとめてくださり
限界集落の抱える苦難
その限界に挑戦しておられる
日常の厳しさと楽しさ
そんな日々に
突然襲い掛かった集中豪雨
2018年7月
そして
豪雨の果ての
「孤立」
電話がつながらず
まさかの時のための
衛生電話?
ここに避難しております
孤立しております
と懸命に訴えるが
伝わらない?
繋がらない?
ほったらかしの数日ののち
やっと救助に来てくれた
ヘリコプターの着陸も困難な中
なんとか避難できた
と
安心したのも束の間
避難所は準備していないので
自分たちで準備してください!
との行政さん
無情
お口あんぐり
詳細は聞かなかったけれど
なんぼか困ったことであろう
しかし
クールな行政の対応に反しての
その後の
SNSの力がすごかった
電気が通じなければ
と
発電機を準備して駆けつけた
四電
👏すごい
道づくりを急いでくれた
土建屋さん
素晴らしい👏
などなど
大変だった一部始終を
短時間でわかりやすく
お話をしていただいた
わが町須崎とは
また違った
防災意識 感覚だと思った
自然の中でくらしておられるからこその
強さ
谷の水や野菜など
そんなものは
町にはない
しかし
「孤立」
という状態に陥ることは
同じかも
町全体
県全域が
なかなかリアルで恐ろしい想像
やはり
しばらくの間は
自分たちの力で生きながらえることのできる
備えは必要だ
と
改めて実感させられる
貴重な研修となった
**********************
鶏を焼いたり
お話の準備をしてくださったり
元気な我々の自由な言動への対応
を考えると
さぞかしお疲れになられたことだろうと思います
ありがとうございました
<(_ _)>
おかげさまで
思い出に残る畑山でのひとときとなりました
また美味しい鶏をいただきに
まいりまぁす
<(_ _)>
本当に
ありがとうございました
はたやま夢楽
楽しく美味しい
そして優しい空間です
詳細はこちらからどうぞ
25.11.28.(金) : はたやま夢楽 に行く


