家こんなこと

ようこそ てーちゃんブログへ

平成25年12月のお話です。

突然 同窓会の話しとなりますが

指の話しと絡んでおります。

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ことの始まりは
今年5月

御招待

懐かしい我が母校のマンドリンクラブから
こんなお便りをいただきました

50回目を迎える定期演奏会
一緒に演奏しませんか?
というお誘い

40回めの演奏会の時には
出演させていただいたのですが

その後
弦を押さえる左手の指が変形

たぶん
あのとき
久しぶりのマンドリンを手に
先輩の意地を見せねばと
猛特訓したのが響いて

気力についていけなかった
左手の人差し指と 中指と 薬指が
押さえた方向に徐々に変形して行ったのだと思います

お友達の元ナースのYちゃんに
まがった指を見せて尋ねたら
「心配ない」
ということだったので

今もほったらかしにしています

まあ そんなことで
今回はその曲がった指では
弾けないかな と
不参加に印をつけてお返事いたしました

そして

月日が経ち
9月の終わり

「同窓会しよう!!!」
突然 思い立つ私

しかも
「先輩にも会いたい!」

突然のメールにも関わらず
先輩たちの 反応の早かったこと

全部で30名ほどの
私が1回生のときの
2回生 と3回生 
なんと20名もの参加のお返事がありました

すごい!!!

私には珍しく
早めの行動だったので

場所も
早くから調達
メールでの先輩たちとのやりとりも楽しく

みなさんから
御苦労さまと言われましたが
まったく苦にならない楽しい段取りとなりました

だって
お二人の先輩にメールして
学年おまとめいただいて
会場は
同級生の院長夫人にチャーター依頼

私は 思いついただけ(^O^)/

県外からも
久しぶりに高知を訪れてくださるという先輩方
久々に帰省することに決めたという同級生

ワクワク楽しみ
秋の初めから 待ち焦がれた
その日がやって参りました

盛り上がりすぎて
私は前日から前夜祭の乗り?で
ちょっと飲み過ぎた感ありながらの当日

あああん
何カ月も前から楽しみにしてきた今日のこの日に
頭痛
軽い頭痛

でも そんなことは気にしていられない
その日は動き始めていました

お昼 12時
先輩がホテルに到着
頑張って行かなくちゃ

そっから先は同級生と合流
お昼にランチ

午後4時
空港にお迎え
とかやっている間に
頭痛は消え去り

コンサート会場に バタバタと駆け込むこととなりました

ああ懐かしい
演奏会前のざわめき

じゃなくて
行ったら始まってたは・・・
(すみません)

Ⅰステージ
部員だけのステージ
いまや20名にも満たない部員数

だいたい
私たちの時代は
高知県民文化ホール
オレンジ が会場で
会場を埋め尽くす??満員??のお客様の中で
やっておりました

なので
まずは
少なくなった部員のこと
など それぞれの胸に感じながら

少なくなった

第2 第3ステージと
進んで行きました


そこで
第3ステージが
いわゆる このお話の発端となった
卒業生との合同ステージだったのですが

1曲目が
「降誕祭の夜」アメディオ アマディ

2曲目が
「グランドシャコンヌ」 藤掛廣幸

という曲・・・

そう
それは 忘れもしないこの私が
現役4回生のときに

指揮者として君臨?した
まさしく
その曲

で も 
2曲とも
私の曲・・・


思わず言ってしまいましたが

偶然にしては
すごい偶然

私たちがいたころが20回めくらいだったから
いよいよ
やる曲が無くなって
一巡してきたのでしょうか

まあ そのせいで
3ステージは
まるで 私がタクトを握っているような
錯覚にとらわれてしまいました

色々あります 感想
でも 一番は
私たちが歩んだキラキラした青春時代
そのステージとなった部活動
少ないながらも50年
とだえることなく
よく続けてくれたという
「ありがとう」の気持ちです

私たちの時代は
例のエリエールティッシュのCMにまで出演
全国放送で流れたほど
各学年少なくとも10名は確保できておりましたので
ある意味学校の中でも花形の倶楽部だと
自負しておりました
その頃流行っている曲は
すぐにポピュラーステージに取り上げ
演奏しておりました

ちなみに
「異邦人」
「スーパーマンの愛のテーマ」
「エレファントマンのテーマ」
とか
時代を反映していたな

なのに
今は

「夏色」
「秋桜」
「踊るポンポコリン」

って
譜面買えないのかしら・・・
ちょっと古くないですか
曲目・・・

なんでもありのこの時代に
マンドリンオーケストラというのは
やや地味に過ぎるのでしょう

入部者が激減している様子です

そんな中で
よくぞマンドリンクラブに入ってくれた
頑張って
バトンをつないでくれている
時代の流れに負けずに頑張れ
という気持ちはありながら

でも
できれば
私たちの時代がそうであったように
もっともっとチャレンジ精神を旺盛に

今の時代だからこそできる
マンドリンクラブの活動を
続けて行ってもらいたい
魅力ある部活動を期待したい

そんな 欲張りな気持ちで
アンコールを終えました

3ステージ構成だから
6時開演なら8時半ごろまではかかるかと

午後9時からにした
念願の同窓会

時計を見れば
あっけなく
午後8時前に終了してしまった演奏会

あああん
10数名の先輩たちに
何をして 時間をつぶしていただこうか
同窓会開宴までには
まだ 1時間も・・・

予約している店は
時間まで入店できないそうだし・・・

どうしよう(ーー;)
焦る私・・・

to be continued

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19.06.12.(水) : 30年ぶり大同窓会開催 その1 マンドリンクラブ 地味かしら・・・(2013年12月9日)

平成25年の事件まだまだ 続きます。

その私の指をホジホジしてくださり安心したと思ったら

臨時のピンチヒッター先生だった女医先生の

夫である大学の偉い先生に診察していただくようになって

しばらく経ってからのお話です。

*******************

左の中指の爪にバイキンが入って
爪が大変異様に変形したことは
以前書いたとおりですが

おかげさまで
その後
徐々に快方に向かっております


ここまでこぎつけるにあたり

たったの中指の爪一つのことで
高知大学医学部付属病院まで
行くはめになったのでした

受診するのは
もちろん 初めてです

7月に変調をきたした爪が
10月時点でも
根っこから健康な爪が生えてきているとは
言い難い状況

地元の病院に
医大から診療に来てくださっている
皮膚科の教授から

「一度医大に来ますか?」
と言っていただいたときには

二つ返事で

「はい」
と答えた私でした

しつこく がんこな 爪の変形

もしかして それとの関連もあるかもないかも
それも含めて調べてみましょう
と 既往の症状の久しぶりの検査も兼ねて

行ったことのない大学の付属病院
ややけしからぬ好奇心も手伝って
行ってみることにいたしました

朝の8時から受けつけ開始ということで
もう総合受付はにぎわっています

しかし
大変 システム化されていて
皆整然と整理?されて行きます

荷造り

まず
問診
やはり大きな病院です

「もしもの場合の告知を
自分自身にするのか否か?」
という質問の項目

さらに
「学生の実習にご協力ください」
という項目もあったような

すべてに
「イエス」 と書いて

さっさと手続きを済ませ
皮膚科 に向かいました

色々な症状の方がいらっしゃるのだろうと
(と言っても私のように末端だけの方もいらっしゃるのでしょう
実は一見してどこか悪くて皮膚科にかかっておられるのかは
わからない 小さなお子さんからお年寄りまで
さまざまいらっしゃいました)

緊張して待ちます

とそこに
地元の病院で看ていただいて既に面識のある教授登場

大学病院の中で見ると
一層 神々しい
9時前に颯爽と現れ
診察室に入って行かれました

9時の予約だから
そろそろ呼ばれるぅ

教授の診察室は1番

でもその前に
別室からお呼びが

予診なるものがあって
ドクターの卵?さん
というより
生まれたばかりのドクターかな?

これまでのいきさつを
聞いてくれました

「では
待合室でお待ちください」
と言われ
再び 待合室に

ほどなくお声がかかり
憧れ?の1番の診察室のドアを開きます

ドキドキしながら入室
懐かしい?先生と
助手の女性

ふうん 教授の診察には
秘書さんが付いているのね・・・

さすが医大だ
と変なところで感心している間に

「さて 今日は
徹底的に検査します」
と教授は
色々な検査のオーダーをしてくださり

「では」
と言って私は再び待合室へ


爪の先のエコー
血液検査
尿検査
胸のレントゲン
CT(これだけその日にできなくて別の日に予約)
(そう言えば 緊張して待っている間に

『本日はCTの故障により大変ご迷惑をおかけしています』

と言う院内放送が流れていました)


待合室で次の指示をまっておりました
ところ

「マサオカさぁん」
ともう一度 呼ばれて
再度
1番の診察室へ

「いやあ 実は
承諾書が必要な検査が一つあってね」

と 優しく語る教授

・・・で・・・ も
承諾書のいる検査って

なんだか 怖そう
「痛い検査は嫌ですが・・・」

か細く抵抗してはみたものの

「ちょっと痛いだけだから」

もはや まな板の上
抵抗の余地はありませんでした

しぶしぶ 承諾書にサインをして

i26[1]

では
「まず 血液から」

道案内をしてもらって検査室へと向かいました

ああん・・・
頭の中は
その痛いと言われる検査のことでいっぱいです

to be continued

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19.06.10.(月) : 医大までいくことに・・・その1(2013年12月7日)

再放送中です(*^^*)

平成25年の記事です。

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生爪も はがされなかったものですから
ルンルンと帰ってからは

完全に舐めてしまい

そもそも
薬が嫌いな私
しかも そのお薬 相当怖い薬?らしく
薬の飲み合わせに注意チラシまでついておりまして

おくすり

そんな怖い薬は飲まなくていい

と勝手に決めて
塗り薬だけ塗布し

14日分いただいたお薬は
半分以上飲み残しておるような不良患者ぶりで2週間

別に「来い」とも言われなかったのですが

どうも
治っている兆しが見えない

そこで
再び やや不安になり
再診することにいたしました

そして
再診
「あのぉ 先生
ひたすらお薬を塗るだけでしょうか?」

「そうです」

「あのぉ どのくらいかかるのでしょうか?
治るまでに」

「半年ですね」

と言われ
半分納得

そっか そんなにかかるのか

ではしょうがない
めきめきとはいかないね
・・・・・・

と思って
しばらく 過ごしたのですが・・・

どうも 治っている気配がない
それどころか
根元の方が どんどん侵食されていくような気さえする

聞いて

そこで
周囲の意見もふまえ
セカンドオピニオンを聞いてみることにいたしました


こちらは
週に一度 どこか偉い病院から来ている皮膚科の先生
予約を と電話をすれば
1か月先まで 取れない
でも 朝7時半から並べば 受診できます

と言われたので

1か月も待てない と
即刻早朝から並んで 
順番を取りました

そして 受診
指を差し出す
驚く先生 とナース
この先生も
前回の先生同様

ホジホジを始め
一面についていた茶色い異物をこそげとり
・・・とそこまでは良かったのですが

今となっては
そこが付け根であったであろうと思われる部分を
ほじくり返し始め
どんどん掘っていくと
色々な異物が出現
すべて シャーレ―にとって
実験室? 検査室へと運ばれていたったのでした

周りにいたナース 検査室の方
そして 先生
みなさんが 驚くほど 掘り堀り 
と掘り下がっているのに
まったく痛みを感じない 
我が指
「そこがおかしい」
と先生

徹底的に調べてくださることとなり

こちらの先生は 週に一度しかいらっしゃらないので
来週また来てください
と 結果待ち
それまでの薬 ストップ

という状態になったのでした
その間 とりあえずの抗生剤を服用

1週間後を待ちました

そして
結局
4種類もの バイ菌が出現
先生は
お薬辞典首っ引きで

その菌たちをやっつけるお薬を探してくださり
「そんな薬はありません」
というナースに

「そんなはずないやろ」
と 薬局と直談判をしてくださり

「ここの薬局になければ
どこまででも買いに行きます」
と私も決意を表明し

♡

先生と私の

徹底バイキン退治が始まったのでした

こうなると 私のお薬への姿勢も180度転換

副作用も結構あるかもしれないと言われた薬も
1日も欠かさず 飲み干し?

今や 誰の目にも 回復に向かっているわが左手中指なのであります

セカンドオピニオンがいかに大切か
しみじみ 実感いたしました
(最初からきちんと飲んでいたらこうはならなかったのか?)


そんなこんなで 
どんどんよくなるものだから うれしい楽しい3度目の受診時
ああ 先生 救いの神や
と思っている私

おそらく 
お慕い申し上げますチックなお目目で見つめているであろう
その私に向かって

子羊

「あの 私 代診の医者だったので
来週から 別の医師が来ます」
って 
絶縁状~
えええ 再び迷える子羊・・・

「大丈夫 きちんと申し送りしておきますので」

「あのぉ 
先生にはどちらの病院に行けば看ていただけるのでしょうか?」
と聞いたら

「X病院とか辺鄙なところしかないので
大丈夫ですよ 来週からは私の夫ですから
キチンと言っておきます」

って 

まあ 治療も軌道に乗っているようだし
きちんと言いつけを守れば
大丈夫かな

と やっとこさ 一山越えた爪騒動 

納得が行かねば
セカンドオピニオンも 必要だと実感したお話でした

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19.06.08.(土) : セカンド オピニオン(2013年9月30日)